大判例

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最高裁判所大法廷 昭和34年(あ)2276号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人桃井佳次の上告趣意第一点について。

所論は、先ず、昭和二九年法律第六一号による改正前の関税法(以下旧関税法という)八三条三項が犯罪貨物の所有者または占有者でない被告人にも追徴を科しうる趣旨を定めたものならば、右条項は憲法二九条に違反し、これを本件に適用した原判決は違憲無効であると主張する。

しかし、没収に代わる追徴に関する事項をいかに定めるかは、追徴なる制度の本旨に適合する限り、立法によって定めうる事項であり、当該関税法違反の犯罪に関与した犯人のすべてに追徴を科することは、犯罪に対する制裁と、その抑圧の手段としての刑罰的性格を有する追徴の本旨に適合するものと認むべきであるから、犯罪貨物の所有者または占有者でない犯人にも追徴を科しうることを規定している旧関税法の所論条項が憲法二九条に違反するものとはいえない(昭和三七年(あ)第一二四三号同三九年七月一日大法廷判決参照)。それ故、論旨は採ることができない。

所論は、次に、旧関税法八三条三項は、共犯者ある場合には必ずしも共犯者全員に対してそれぞれ犯罪貨物の原価に相当する金額の追徴を科さなければならないものではなく、右追徴を共犯者全員に科するか、その一部の者のみに科するかは裁判所の裁量に属すると解しうるところ、原判決が被告人に右追徴を科したことは、諸般の情状に徴して相当でないと主張する。

しかし、所論は、単なる法令違反ないし量刑不当の主張であって適法な上告理由に当らない。

同第二点について。

所論は、原判決が犯罪貨物の所有者または占有者でない被告人に追徴を科したことは、本件においてその所有者である共犯者が訴追を免かれていること、および犯罪貨物の没収が可能な場合に比し没収不能という偶然の事情によって財産上の不利益を受けるものであることに徴すると、実質的に不平等な処遇であり、憲法一四条に違反すると主張する。

しかし、旧関税法八三条三項による追徴は、犯罪に対する制裁と、その抑圧の手段としての刑罰的性格を有するものであって、当該関税法違反の犯罪に関与したすべての犯人に追徴を科することは、追徴の本旨に適合するものであること前示のとおりであるから、たまたま犯罪貨物の所有者である共犯者が訴追を免かれたため同人に追徴を科することができない場合に、犯人である被告人に没収に代わる追徴を科したからといって憲法一四条の法の下の平等を侵すものであるとは認められない。それ故、論旨は採ることができない。

同第三点について。

所論は、憲法一三条違反を主張するけれども、その実質は、被告人に対し右追徴を科した原審の裁量を非難するものであって、量刑不当の主張をいでないものであり適法な上告理由に当らない。

同第四点について。

所論は、事実誤認、量刑不当の主張であって適法な上告理由に当らない。

よって、刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官横田喜三郎、同入江俊郎の補足意見および附加補足意見、裁判官石坂修一、同斎藤朔郎の補足意見、裁判官奥野健一、同山田作之助、同城戸芳彦、同柏原語六、同田中二郎の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官横田喜三郎の補足意見は、つぎのとおりである。

わたくしは、判決の主文にも理由にも賛成するものである。ただ、犯罪貨物などを没収することができない場合に、その所有者でない共犯者に追徴を科することは、没収不能という偶然の事情のために、突如として追徴という著しい財産上の不利益を科することになって不合理であるという意見があるから、この点について補足意見を述べる。

一、没収物件が共犯者の一人の所有に属し、これを没収することができる場合には、その物件が没収され、追徴は行なわれないから、所有者でない共犯者は財産上の不利益を受けない。これに反し、没収物件が善意の第三者の所有に移っていて法律上で没収することができないか、滅失または所在不明などのために事実上で没収ができない場合には、没収の代わりに追徴が行なわれる。この追徴はすべての共犯者に科せられるから、所有者でない共犯者も財産上の不利益を受ける。これらの共犯者は、没収不能という偶然の事情のために、突如として財産上の不利益を科せられることになる。これはたしかに一見して不合理とおもわれる。

しかし、これを不合理であるというならば、没収物件が没収できる場合に、これをその所有者から没収することも、同じように不合理であるといえる。この場合には、ひとしく共犯者でありながら、没収物件の所有者は、その物件を没収されて、いちじるしい財産上の不利益を受けるにかかわらず、他の共犯者はこのような不利益を受けないから、あきらかに均衡を失し、不合理であるといわなければならない。この不合理は、没収物件が密輸出または密輸入の手段に供された船舶のような場合に、とくに顕著である。たとえば、三人が共謀して密輸出を企て、たまたまそのうちの一人が船舶を所有していたことから、これを用いて密輸出を実行したとする。この船舶は、密輸出の犯罪の用に供された船舶として没収されることになり、これを所有していた犯人はいちじるしい財産上の不利益を受ける。ところが、他の二人の共犯者は、このような不利益をまったく受けない。たまたま船舶を所有していたという偶然の事情のために、所有者である犯人だけがこのような不利益を受けることは、一見してたしかに不合理とおもわれる。それは追徴の場合における不合理と変わらない。右の密輸出がはじめに船舶を所有しない二人によって企てられ、それを実行するために船舶を所有する人が勧誘されたような場合には、不合理がいっそう顕著である。したがって、追徴について一見して不合理とおもわれる点のあることは否定できないが、それだけを非難して、没収について同じようなことのあるのを見のがすのは、楯の一面だけを見た議論であるというそしりを免がれないであろう。

二、没収と追徴について、このように一見して不合理とおもわれる点があるにかかわらず、関税法が密輸出入ないし関税逋脱の行為に附加刑としてこれを科する理由は、これらの行為が国の重要な法秩序と収入源を侵害し、ひいて公共の福祉を害するから、それを厳重に取締り、未然に防止しようとするためにほかならない。

この点で、没収または追徴の性質が問題になる。これらは犯罪による不正な利益を犯人の手に残さないとか、ふたたび犯罪の用に供させないとかのために科せられるものであって、保安処分的なものであるという見解がある。しかし、たんにそれだけではなく、関税法違反の行為に制裁を科するという刑罰的な意味もあることを否定することはできない。この点については、昭和三四年(あ)第一二六号同三八年五月二二日大法廷決定(刑集一七巻四号四五七頁)の補足意見において、すでに斎藤朔郎裁判官の指摘されたところである。もし保安処分的な性質だけのものとするならば、たとえば、密輸出入の用に供された船舶を没収することができない場合に、追徴を科するということはありえないことである。なぜなら、この場合は、船舶が善意の第三者の所有に移っているとか、滅失または所在不明の場合であって、ふたたび密輸出入の用に供されるおそれはないのであり、追徴がたんに保安処分的なものであるならば、これを科する余地がないからである。それにもかかわらず、関税法が追徴を科すべきことを規定しているのは、追徴が刑罰的な性質を有するからにほかならない。こうして追徴が刑罰的性質を有するとすれば、その基本である没収もまた刑罰的性質を有するといわなければならない。基本である没収とそれに代わる追徴とは、当然に同じ性質のものであるべきで、異なる性質のものであるならば、没収に代えて追徴を科するということはありえないことである。没収と追徴が保安処分的な性質を有するのを否定するものではないが、それと同時に、刑罰的な性質を有することも否定することはできない。結局のところは、これらの二つの性質を合わせ有するものというべきである。

そうだとすれば、共犯の場合に、没収と追徴を共犯者のすべてに科することは、十分に理由のあることである。共犯者は犯罪に対して共同の責任を負うものであり、刑罰は犯罪に対して責任のある者に科せられるから、没収と追徴が刑罰的な性質をもつとすれば、それは当然に犯罪に対して共同の責任をもつ共犯者のすべてに科せられるはずである。関税法においても、没収と追徴に関する一般的規定としての刑法一九条、一九条ノ二においても、没収と追徴を科すべき犯人を没収されるべき物件の所有者にかぎっていないのは、そのためにほかならない。また、大審院以来の判例が没収の場合にもこれを共犯者のすべてに科したのであり、たんに没収物件の所有者である犯人だけに科したのでないことも、同じ理由によるものである。共犯者は共同の責任を負うのであるから、たとえ事実上では没収物件がその所有者である犯人から没収されるとしても、法律上ではすべての共犯者に対して没収の附加刑が科せられるべきである。追徴についてもまったく同じである。この点で、大審院以来の判例は、没収と追徴の性質を正当に理解し、その上に立ってこれらを適用してきたものというべきである。

三、それにしても、はじめに述べたように、没収と追徴に一見して不合理とおもわれる点があることは否定できない。これを除去しようとすれば、没収または追徴によって受ける不利益を共犯者の間に分担させるべきであろう。没収の場合には、没収された物件の価格を共犯者に分担させるのであり、結局において没収物件の所有者である犯人から他の犯人への求償を認めることになる。追徴の場合には、追徴された犯人から他の犯人への求償を認めることになる。

しかし、法律上でこのような求償を認めることは、犯罪に基づいて法律上の権利義務が発生することを是認し、法律がそれを保障することを意味するのであって、法律が犯罪そのものを容認しないことと矛盾する。法律の立場に立つかぎり、犯罪に基づく求償を認めることは、論理的に不可能なことである。関税法においても、刑法一九条、一九条ノ二においても、没収または追徴について共犯者の間の求償のことを規定しなかったのは、この理由によるものである。

そのために、しかし、事実上で共犯者の間に求償が行なわれることはさまたげられるものでなく、実際にも予想されうることである。このことは、右に述べた斎藤朔郎裁判官の補足意見にも指摘されている。もし事実上の求償が行なわれたならば、はじめに述べた一見して不合理とおもわれる点も除去されることになる。したがって、いわゆる不合理は、法律上の面だけを一見した場合に、そうおもわれるにすぎないものであって、事実上の面も合わせて全体的に見るならば、除去される可能性のあるものである。法律としてはその本来の性質上犯罪に基づく求償のことを規定することができないが、そのために、事実上の求償のことを忘れ、法律上の面だけを一見して非難するのは十分な根拠のないことである。

裁判官入江俊郎、同石坂修一、同斎藤朔郎の補足意見は、次のとおりである。

追徴の点に関するわれわれの補足意見は、昭和三四年(あ)第一二六号同三八年五月二二日大法廷決定(刑集一七巻四号四五七頁)のわれわれの補足意見と同一であるから、それを引用する。

裁判官横田喜三郎、同入江俊郎の附加補足意見は、次のとおりである。

第三者所有物の没収に代わる追徴の点に関するわれわれの附加補足意見は、昭和三七年(あ)第一二四三号同三九年七月一日大法廷判決のわれわれの附加補足意見と同一であるから、それを引用する。

裁判官奥野健一の少数意見は、次のとおりである。

旧関税法八三条一項は「……犯罪ニ係ル貨物ニシテ犯人ノ所有又ハ占有ニ係ルモノハ之ヲ没収ス」と規定している。それ故、法は犯罪貨物の所有者でも占有者でもない者に対して没収を科することは予想していないものと解すべきである。従って、また、没収に代わる追徴も、本来没収を科し得ない犯罪貨物の所有者でも占有者でもない者に対して、これを科することは法の予想せざるところであると解するのが相当である。

本件において被告人は犯罪貨物の所有者でも占有者でもないというのであるから、被告人に関する限り、没収も追徴も科し得ないものと解すべきである。然るに、被告人に対し追徴を科した原判決は違法であり、破棄を免れない。

なお所有者以外の犯人より追徴すべきでないことの詳細については昭和二九年(あ)第五六六号同三七年一二月一二日大法廷判決(刑集一六巻一二号一六七二頁)、昭和三四年(あ)第一二六号同三八年五月二二日大法廷決定(刑集一七巻四号四五七頁)、昭和三七年(あ)第一二四三号同三九年七月一日大法廷判決における私の意見と同一であるから、それを引用する。

裁判官城戸芳彦、同柏原語六は、裁判官奥野健一の右少数意見に同調する。

裁判官山田作之助の少数意見は、次のとおりである。

わたくしは、関税法所定の所謂犯罪貨物(例えば密輸に係る時計の如し)に対する没収に代わるその価格の追徴は、被告人がその貨物について所有権を有していたが、現在その所有権を失っている場合に限って科せらるべきものと解するから(その理由は昭和二九年(あ)第五六六号同三七年一二月一二日大法廷判決、刑集一六巻一二号一六七二頁において旧関税法八三条の追徴の規定について述べたわたくしの意見と同趣旨であるからこれを引用する)、かつて一度も所有権をもっていなかった被告人に対し没収に代わる追徴を言渡した原判決はこの点において破棄を免かれない。

裁判官田中二郎の少数意見は、次のとおりである。

旧関税法八三条三項により追徴を科せられるべき犯人の意義及び範囲について、法文の字句のみからいえば、解釈上、疑問の余地がないわけではないが、追徴の本質及び機能に照らし、同条同項は、没収を科せられるべきでない者に対して追徴を科することは許さない趣旨と解すべきである。したがって、これと異なる解釈に出た多数意見には賛成することができない。この点についての詳細は、昭和三七年(あ)第一二四三号同三九年七月一日大法廷判決における私の少数意見と同一であるから、それを引用する。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 斎藤朔郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎)

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